18日の個人演説会の様子を30秒動画にまとめました。
2025/10/20
和田政宗 メッセージ
★増税ではなく減税へ!
宮城県では過去20年間で4つの増税
●みやぎ環境税●みやぎ発展税●宿泊税
●再生可能エネルギー地域共生促進税
⇩
減税を行い家計の負担を軽くします!
◎みやぎ環境税の個人徴収分年1,200円を廃止し減税
◎個人県民税5%減税
➜さらに子育て世帯は50%~100%減税
◎宿泊税はとりやめ
ワダ マサムネ/51歳/男
2025/10/20
2025/10/20
2025/10/19
2025/10/19
2025/10/19
2025/10/19
2025/10/18
2025/10/18
2025/10/18
2025/10/18
生年月日 | 1974年10月14日 |
---|---|
年齢 | 51歳 |
星座 | てんびん座 |
「聞く政宗」
よく聞き、県民と歩む県政へしてまいります。
ご意見ご要望、応援メッセージなど
ささいなことでもお気軽にお問い合わせください。
★日本一の子育て県へ!
宮城県は合計特殊出生率1.00(全国46位)
⇩
抜本的な改善策が必要!
出産、育児にかかる費用の完全無償化(全国初)を実現します!
◎出産支援金、県独自に1子あたり30万円給付
◎産後ケア費➜負担ゼロ
◎不妊治療費➜負担ゼロ
◎卵子凍結費➜負担ゼロ
◎授業料完全無償化
◎給食費無償化(地産地消、国産食材重視)
★増税ではなく減税へ!
宮城県では過去20年間で4つの増税
●みやぎ環境税●みやぎ発展税●宿泊税
●再生可能エネルギー地域共生促進税
⇩
減税を行い家計の負担を軽くします!
◎みやぎ環境税の個人徴収分年1,200円を廃止し減税
◎個人県民税5%減税
➜さらに子育て世帯は50%~100%減税
◎宿泊税はとりやめ
◎相続税無税特区を創設
➜宮城県での定住促進(国家戦略特区を活用)
◎知事退職金は返上(1期あたり約4,000万円)
★日本一稼げる県へ!
◎宇宙航空産業を宮城県に誘致
昨年政府は、10年間に官民で5兆円を投資し、
国産中型ジェット旅客機を完成させ、量産体制に入ると発表。
航空機は1機作るのに使う部品は300万個。
車1台の部品3万個と比べると100倍。
量産体制に入れば、大工場群が必要に。
これを宮城県に誘致します!
中型旅客機を1機作れば200億円。
10機で2,000億円。100機で2兆円。
航空機生産を宮城県の経済の柱とし、世界に誇る地域へ!
さらに、角田市のJAXA(宇宙航空研究開発機構)に
来年創設される日本初の「官民共創センター」を核に
宇宙産業を宮城県に誘致します!
くわえて、自動車、半導体産業の発展も強力に推進!
◎ギガスクールを推進し、AI、デジタル人材日本一へ!
◎伊達文化を徹底的にテコ入れする観光振興!
・仙台城本丸御殿をはじめ城郭再建を仙台市と協力し推進
・サン・ファン・バウティスタ号を石巻中瀬に
・宮城県内の伊達文化、歴史的街並み再現
・伊達文化の食の再興
◎ふるさと納税倍増!
農林水産物、加工品等を伊達文化と絡めブランド化、
磨き上げを推進
◎仙台空港の世界的ハブ空港化!
・世界の航空路線が拠点とするアトランタや
ドバイに並ぶ空港へ
・仙台空港と直結する新幹線新駅創設へ
◎農林水産業の抜本的強化!
・他産業並み、それ以上の所得水準へ
・高温耐性に優れ多収量のコメ品種の導入
・新たな挑戦ができる日本一の漁業県へ
◎介護・福祉職員の処遇の根本的改善
・全職種平均より月収で8万円低い介護、福祉職員の
処遇を他職種並みへ
・介護福祉施設の修繕支援など環境充実
『復旧ではなく、真の復興を実現し
世界一の地域・宮城県へ!』
伊達政宗公は、スペイン領メキシコ(当時)との
太平洋貿易で世界一の地域を目指しました。
★懸案事業の見直し!
◎水道事業の民営化見直し・再公営化
◎県主導の外国人軽度層墓地の取りやめ
◎メガソーラーについて環境保護の視点で規制強化
◎4病院再編の内容見直し
➜全県的な医療体制維持のための病院機能再編・充実
(特に出産、新生児緊急対応、移転跡地域の医療体制維持)
★よく聞き、県民と歩む県政へ「聞く政宗」!
◎「フラット35」の推進
35市町村がひとつも取り残されることなく、特徴ある発展へ
◎知事と語る会を全35市町村で開催
各世代とも開催。知事自らが県内各地へ足を運ぶ
◎「よく聞く課」を県庁に創設
◎宮城県と仙台市の連携会議を創設
県、仙台市双方が施設を造るムダを解消
宮城への思い
私は、伊達政宗公のファンであった父から
「政宗」と名付けられました。
そのおかげで政宗公に興味を持った私は
小学生の頃から政宗公関係の書物を読みあさり
出版されている政宗公関連の書物は
ほぼ全て読みました。
そして、政宗公は私にとって目標とする
大きな存在になりました。
NHKにアナウンサーとして就職してから
赴任地希望を仙台と出し続け、
2009年にようやく希望が叶い、
NHK仙台放送局に赴任しました。
待望の子供も仙台の地で
不妊治療により授かりました。
そして仙台青年会議所に入会し、
まちづくりについて語り合い、
ともに活動したことで宮城の仲間が
たくさん増えていきました。
また、県内各地への取材で知人友人も
多くでき、宮城県を愛する思いは
ますます強くなっていきました。
そうした中、東日本大震災が発生。
知人を失い、復興のためにと一念発起し、
参議院議員に立候補し、当選を果たしました。
一期目は復興一本で政策実現に努めました。
今回、原点に立ち返り、
宮城県の真の復興と真の発展のために、
さらには伊達政宗公が目指した
世界一の宮城県にするために
立ち上がる決意をいたしました。
皆さまとともに、希望ある宮城県を作ります!