山田祥平のRe:config.sys

通信費実質ゼロ円

 通信費にデバイス費が含まれる時代は、いろいろな事情の中で終焉を迎えた。すると今度は、デバイス費に通信費が含まれるようにする。ビジネスの世界の魑魅魍魎だ。実質ゼロ円の世界観はあきれるほどに複雑だ。

通信サービスバンドルが個人向けに拡大

 KDDIの「ConnectIN povo」がサービスインした。同社は2025年1月から、無印のConnectINを提供、B2B2Bのビジネスモデルで、PC等のメーカー企業の製品に一定期間の通信費を組み込んで販売できるようにするビジネスを展開してきた。

 このサービスは「製品に通信機能を内蔵させるためのシステム」として特許を取得しているという。これがデバイス費に通信費が含まれた価格の実体で、通信費実質ゼロ円をかなえる。

 7月31日にサービスインしたConnectIN povoは、これまでの無印ConnectINが法人のみを対象にしたB2B2Bのビジネスモデルだったのに対して、その対象を個人向けにも拡大し、B2B2Cのビジネスモデルとしても運用していくものだ。

 いずれのConnectINも製品を出荷する各メーカーはKDDIから卸しを受けるMVNOとなる。そのビジネスにチャレンジした最初のメーカーが日本HPだ。

 日本HPはデータ通信5年間無制限利用権付モバイルPCを、HP eSIM Connect対応モデルとして、2023年11月から提供してきた。このビジネスは、KDDIと日本HPの協業によってスタートしたものだったことから、当初は日本HPだけが、このサービスを提供することができていた。1年以上の実績を積んだ上で、2025年1月になって、無印ConnectINサービスとしてほかのメーカーにも解放されたという経緯がある。

 今回の個人向けConnectINは、KDDIがMVNE(Mobile Virtual Network Enabler)としてConnectIN povoを日本HP向けの通信サービスとして提供するもので、MVNOの立場で提供を受ける日本HPでは、「HP eSIM Connect LITE by povo」というサービス名で個人向けPCにバンドルする。

 日本HPではHP eSIM Connectを法人に限定したサービスとして、データ通信5年間無制限利用権を同社の法人向けPCにバンドルして販売してきた。

 ただし、この権利を行使できるのは法人だけだ。同社の公式オンラインストアは法人向けPCと個人向けPCを明確に分けてはいるものの、法人向けPCを個人が購入することもできるし、その逆も可能だ。

 だが、データ通信5年間無制限利用権がバンドルされた製品を購入しても、その権利を行使するには申し込みが必要だ。そして、その申し込みをするためには法人である必要がある。

 具体的には申し込みのために、下記が必要だった。

  1. 法人の印鑑証明書、登記簿謄本/抄本、履歴事項証明書などの法人証明書類(官公庁の場合は必要なし)
  2. 個人の運転免許証やマイナンバーカードなどの担当者の本人確認書類
  3. 名刺や社員証など担当者の法人在籍確認書類

 ただし、従業員、導入台数を問わない。1台の購入で、1台の申し込みでも法人ならできる。法人を証明する各種書類はオンラインで速達取り寄せもできるし、申し込み手続きはWebなので、3営業日もあれば書類取り寄せ、申し込み、開通のプロセスを完結できる。

個人はデータ容量を使い過ぎる傾向にあるとはいえ

 日本HPでは約41万円分の価値があるとしているHP eSIM Connectの5年間分のサービスだが、実際7,000円前後/月のデータ容量無制限の音声付きプランを契約して60カ月(5年間)使えば、ほぼそのくらいの金額になることを示している。

 日本HPではこの金額を国内通信キャリアの平均的なデータ通信費用をもとに算出したとしている。ただ、KDDIやドコモ、ソフトバンクの一般向けプランには使い放題のデータ通信専用プランというのが見当たらない。PCでWANを使うには、スマホで使う音声付きのプランを流用するのがもっとも手っ取り早い。ただし、楽天モバイルだけは楽天カードのホルダー限定でギガ無制限のデータ通信専用プランを提供している。

 ものすごく長い前置きになってしまった。

 そんな中で登場したのだ個人を対象としたサービスとしての「HP eSIM Connect LITE by povo」だ。

 KDDIがMVNEとしてMVNOとしての日本HPに提供するサービスである点については法人向けサービスのHP eSIM Connectと建て付けは同じだ。

 エンドユーザーは、個人/法人を問わず、なんらかの方法でサービスをバンドルしたPCを購入し、製品シリアルナンバーとeSIMのEIDを添えて申し込めば通信を開通できる。

 ただ、法人向けのHP eSIM Connectと比較すると、サービス内容はかなり貧弱だと言わざるを得ない。割高なのだ。個人のタガの外れた通信利用が怖れられているのが分かる。

 HP eSIM Connect LITE by povoは、au回線の5G/4G LTE通信が利用できるpovo2.0のデータ容量300GB(5年間)と、株式会社ワイヤ・アンド・ワイヤレスが提供する公衆Wi-Fiサービス「ギガぞうWi-Fi」を併せたサービス内容をPC製品にバンドルし、その本体を購入して申し込むだけで開通する。データ通信専用プランで、SMSすら使えない。ちなみにWindows 11のWAN機能ではオペレータメッセージとして送られてきたSMSを受信して読むことはできる。

 また海外ローミングのトッピングも適用することはできない。もっとも法人向けのHP eSIM Connectも海外ローミングはできないのでそこの条件は同じだ。

 povoのトッピングで、300GBのデータ容量を5年間分として登録したときの試算金額を知りたいところだが教えてもらえなかった。残念ながら300GBをかなえる現行トッピングの有効期間は365日だ。容量よりも有効期間の長さのほうが金額に与える影響は大きいので明確な比較ができない。

 仮に、300GBを1年あたり60GB、1カ月あたり5GBと考えると、現行で提供されているオートチャージされる30日間有効の3GBトッピングを繰り返していくような使い方はどうだろうか。3GBトッピングの料金は990円だ。大体5年間6万円程度で180GB分相当となる。

 手元で使っているノートPCは、週に数回の頻度で持ち出す。持ち出せば数時間はインターネットを利用することになる。自宅で使うときは自宅のWi-Fiを使う。過去30日間のWAN通信したデータ量は約20GBだ。300GBだと1年もたない計算になる。もし、このサービスを利用するならここは1つおかわりできるトッピングがほしいところだ。

 いずれにしても、今回の個人向けサービスは、データ容量無制限とはかけ離れたイメージだ。YouTubeを楽しんだり、映画やTV番組の配信をPCで楽しんでいるユーザーにとっては余計にそう思えるかもしれない。

 ちなみに日本HPはサービスインと同時に対応モデルを発表している。ハイエンドでCopilot+ PCであるHP EliteBook X G1i 14 AI PCは、同じスペックのモデルがHP eSIM Connect バンドルの法人モデルとHP eSIM Connect LITE by povoバンドルの個人向けモデル双方提供されている。

 法人向けのHP eSIM Connectを権利行使できる前者のほうが高額で、個人向けサービスバンドルモデルの希望販売価格との差は7万5,900円だ。5年あたりの金額ということを考えれば、この価格差でデータ容量無制限と300GBの差というのはどう考えればいいのだろうか。

WANにつながればインターネットを使えない時間を極限まで排除できる

 結局のところ法人が使うPCでは常識外れの大量通信トラフィックはないだろうという前提のもとに作られたサービスだということもできそうだ。

 多くの場合、法人利用のPCは日常的に管理部門に監視されていて、参照先URLなどがログに残ることもあり、いわゆる遊びの形跡は残したくないとか、いろいろなバイアスがかかって無駄なトラフィックを抑止する。それに、休日の日まで組織から貸与されたPCを使いたくないといった背景もありそうだ。きっと、出張先のホテルの自室でNetflix三昧といったこともないのだろう。

 だが、個人が個人所有のPCを使う分には何の遠慮もないはずだ。容量無制限なのだから使わなければ損という気持ちも働くだろう。その結果、個人と法人では、通信サービスの使い方は大きく異なり、その付加価値に差が出てくる。

 PCを使うであろう多くのシチュエーションがWi-Fiや有線LANが完備されている場所ばかりなら、それら「面のモバイル」をつなぐ「線のモバイル」時のPCでWANを使えれば、どんなに便利か。線のモバイル時がトラフィックのメインなら、そこまで常識外れの値にはならないんじゃないか。

 一度それに慣れてしまうともう元には戻れないくらいにWANは便利なだけに、想定と充当金額を少し見直すなどの検討を求めたいところだが、やはり個人がやっちまうであろう利用形態が怖れられ続けている。スマホ向けには無制限プランがあるのに、PCでWANを使うにはそれを流用するのが手っ取り早いって、何かおかしい。

 KDDIでは、WiMAX時代のトラフィック分析なども参考に、個人向けサービスの使われ方を想定して卸価格を決めたそうだが、本当は、個人が使うPCこそ、いつでもどこでも自由にインターネットにつながり、今スマホが果たしている役割を引き受けられるようにするべきだとも思う。そして、そのためにはWAN内蔵は欠かせない。

 このままでは、PCのWAN実装は新しい当たり前になる日は遠い。WAN通信できないスマホはあり得ないのに、タブレットやPCはWAN非対応でもいいというのもおかしい。あげくの果てにはGPSを装備していないタブレットが堂々と市場で大きな存在感を持っているのも変だ。

 今回の個人向け拡大は、もやもやしながらも、ひとまず大歓迎ではある。最初の一歩を開くことで対応デバイスも増えていくだろうし、おかわり施策もリーズナブルなサービスとして提供されるだろう。なにしろ一度使ってしまったらそれができないPCを使う気になれないのだからおかわり率は高いはずだ。

 ただ、今のサービス設計のままだと、PCよりもスマホを使うほうが効率がいいというムードが世の中を支配しかねない。それじゃおもしろいほうの未来は来ない。